バイオテクノロジーの幻想と挑戦 科学の収益化はなぜ難しいか | ゲイリー P. ピサノ | ["2008年5"]月号 – DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー


サマリー:バイオテクノロジーは期待されたほどの成果を上げていない。その理由は、この業界の構造がシリコンバレーの模倣であるためだ。科学の探究をビジネスとするバイオテクノロジーは、ソフトウエアやコンピュータのビジネ もっと見るスとは時間軸がまったく違い、モジュール化できない広範な技術のすり合わせが必要で、リスクの管理がきわめて難しいためだ。科学を事業化するには、こうした特徴に対処できる新しい組織や社会的な制度が必要とされる。それは新薬開発や医療のみならず、公的資金を使った科学研究においても、他の先端領域の基礎研究をする業界においても同じである。本稿では、このような取り組みのフレームワークを示し、求められる新たな組織形態、制度、規則について提案する。 閉じる
 バイオテクノロジー業界が誕生して30年が過ぎた。この間、この業界に引き寄せられた資本は総額3000億ドルを超えた。これらの投資の大半は、バイオテクノロジーには医療を一変させる力があると信じられてのものだ。
 この新しい科学は当初、先端的な基礎研究に取り組む新種のベンチャー企業を通じて、薬物治療に革命を起こすと考えられていた。
 既存の巨大製薬会社は旧態依然とした技術や組織といった足かせを抱えているが、スピードと専門性を備えたバイオ・ベンチャーならば、基礎研究と応用化学の壁を取り払い、新薬という宝の山を築き、その新薬が莫大な利益を生み、その当然の帰結として、投資家の懐には多額の利益が転がり込むと期待されたのである。
 ところが、これまでのところ、この予測はまだ実現していない。財務的に見ても、バイオテクノロジーは相変わらず新興市場である。アムジェンやジェネンテックのような企業が商業的成功を収め、業界全体の売上高は驚異的に伸びているものの、ほとんどのバイオ・ベンチャーは赤字のままである。しかも、新薬開発の生産性において、バイオ・ベンチャーのほうが、とかく悪評の高い製薬業界の巨大企業より優れているという証拠もない。
 このような期待外れの結果を見ると、一つの疑問が湧いてくる。すなわち、金を儲けて株主を喜ばせなければならない組織が、その主たる活動に基礎研究を掲げて、はたして満足できるような成果を上げられるのか。
 長年、大学などの非営利研究機関の牙城であった基礎研究分野に営利企業が進出した結果、研究成果の利用に制約が生じ、それが科学の進歩を遅らせたのではないか、このような議論が過去30年にわたって激しく交わされてきた。しかし、科学は儲かるのかという疑問は、ほとんど語られずじまいだった。
 バイオテクノロジー業界では、いずれ新薬開発革命が成功するという観測が、いまなお十年一日のごとくまかり通っている。成功まで、予想よりも少し余計に時間がかかっているだけだというのである。
 とはいえ、それも希望的観測にすぎないのかもしれない。過去20年間、私はバイオテクノロジー業界と製薬業界の戦略、メカニズム、業績、発展について広範な研究に従事してきた。その結果、バイオテクノロジー業界の構造には基本的な欠陥があり、したがって、基礎研究とビジネス両方のニーズに応えることはできないという結論に至った。
ハーバード・ビジネス・スクール(HBS)のハリー E. フィギー・ジュニア記念講座教授。経営管理論を担当する。著書にCreative Construction: The DNA of Sustained Innovation, PublicAffairs, 2019.(未訳)がある。

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