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2025年11月18日17時40分頃に大分県大分市佐賀関で発生した大規模な市街地火災(以下,本火災)は,総務省消防庁の発表によれば焼失棟数170棟以上,焼失面積約48,900平米(2025年11月19日14時00分現在,ただし林野被害は調査中)という甚大な被害となりました(文献1).これまで筆者は近年にも,2011年東日本大震災(地震火災・津波火災),2016年糸魚川市大規模火災(強風時の市街地火災),2024年輪島市大規模火災(地震火災),2025年大船渡林野火災(林野火災)など数々の火災現場に赴き,建物の燃え方などを詳しく調査していますが,この中で本火災は「強風時の市街地火災」というカテゴリである糸魚川市大規模火災に近い市街地火災タイプであると考えられます.
さて著者は,糸魚川市大規模火災の約10日後に「糸魚川大火のような都市大火は,わが国で今後発生するのか?」という記事を執筆し,そのなかで「(同規模の都市大火は地震時なども含めると)「再発の可能性はある」と言わざるを得ません.」と断定しましたが,それから約9年が経過した今回,はからずも同規模以上の大規模な火災が発生してしまいました.そこで本記事では,現段階で報道等により得られた情報等から,本火災がなぜここまで大きくなってしまったのかについて考えてみたいと思います.
調査中ではあるものの,現段階で本火災の焼失面積は48,900平米と総務省消防庁は報告しており,これによれば本火災は「都市大火」となります.これは上記の「糸魚川大火のような都市大火は,わが国で今後発生するのか?」という記事内にも詳述しているところですが,そもそも「大火」という言葉は,焼失範囲の長さや面積を基準とした様々な定義がありつつも,焼失した面積が33,000平米(1万坪)を越える火災を「大火」としています(例えば「消防白書」など).このような大規模な市街地火災はわが国で古来より頻繁に発生しており,特に江戸時代は10万人が亡くなったと言われる明暦の大火を代表として,数多くの大火が起きていました.なかでも約50年前の1976年に発生した酒田大火は最後の都市大火といわれ,これを最後に市街地における(地震を原因とするものを除いた)「平常時の大火」は発生していませんでした.そして大火が起きなくなったのは,延焼を遮断しうる広幅員道路や建物の耐火性能の向上,何より消防技術の進展と常備化の結果であると解釈されてきたところです.糸魚川市大規模火災は筆者の記事執筆後,消防庁による詳細な調査の末に焼損床面積が33,000平米を下回ったことが判明し大火の基準には至らなかったため,糸魚川市大規模火災と呼称されるようになりました.しかしながら今回,消防庁の記録によれば,酒田大火以来約50年ぶりの都市大火が発生してしまったことになります.
それでは,なぜ本火災がここまで大きく拡大してしまったのでしょうか.もちろん詳しい原因は,今後の調査によって明らかにされていくでしょうが,そのひとつに強風があります.筆者は火災発生後にいくつかのマスメディアからヘリコプター等の空撮映像を見せていただきましたが,焼失地域は山に囲まれた市街地および林野となり,そして詳細な風向や風速の数値が明らかにはなっていないながらも,当時は強風注意報が出されるなど,強い北西の風が南東方向へと吹いていたようです.そもそも,強風時は火災が延焼しやすいことが知られており,例えば2016年の糸魚川市大規模火災は最大風速13.9m/s,最大瞬間風速20.5m/s,2025年の大船渡市林野火災は最大瞬間風速18.1m/sであると記録されています.2024年に発生した輪島市大規模火災は地震火災なので弱風下でも約5万平米にもおよぶ大規模な市街地が延焼してしまったところですが,一般に強風時は延焼が拡大しやすく,火災が大規模になりやすいことが知られています.そして,特に強風時に気を付けたいのが飛び火です.火元から吹きあげる火炎や熱気流に乗って火粉が舞い上がり,風に流されるなどして地物の上に落下し着火する「飛び火」現象による火災の拡大は,糸魚川市大規模火災,輪島市大規模火災,大船渡市林野火災など近年の大規模火災いずれにおいても見られ,今回も約1.4km離れた島しょ部で本火災による飛び火が確認されたようです.過去の文献からは,風速10m/s前後で1km~2kmを飛んだ飛び火が記録されており,距離が長いとはいえ,強風時であれば飛ぶ可能性はあります.
次の要因が市街地特性です.焼失地域付近の地図を見ると,この地域は所狭しと建築物が建て詰まった密集市街地であることがわかります.また,焼失した市街地の映像を拝見すると,燃え落ちている建築物が多く,木造建物が比較的多かったことが推察されます.一部しか見ることができませんが,Googleのストリートビューによる情報も合わせると,焼失地域は木造住宅が密集した木造密集市街地であったことが予想できます.
さて,図1は国土地理院のサイトから最新の地理院地図をお借りして,本火災の焼失区域付近(左側)と糸魚川市大規模火災の焼失区域(右側)を同一スケールで並べたものになります(文献2).このなかで,本火災の焼失区域と予想される場所を左側の赤枠で示し,糸魚川市大規模火災の焼失区域のすぐ東の区画を青枠で示しました(青枠の西部は大規模火災後に復興した市街地).両者を見比べていただければ,佐賀関の市街地と糸魚川の市街地で,建物の密度,特に空地の数や道路の広さが大きく異なることがお分かりいただけると思います.空地は大規模火災時に焼け止まりとしても機能しますし消防活動にも使えます.また,道路が狭ければ狭いほどポンプ車の侵入や放水は難しくなり,何より建物間距離が狭いことは接炎や輻射熱の影響で建物間が燃えやすくなることを意味します.両者を見比べることで,同じ「木造密集市街地」であっても,本火災の焼失区域付近は特に延焼しやすく消しにくい場所であった,と言えるでしょう.
ところで同様に,同一スケールで今回の焼失区域と大都市部のある任意の市街地を並べて示したものが,図2になります.この図を見ると,非木造建物の多寡が異なるとはいえ,同様の密度を有した,そしてさらに広く連坦した広がりを持つ市街地はわが国(の大都市部を中心)にたくさんあることがお分かりいただけると思います.今回は平常時における強風時の大火ですが,特に消防力が劣勢になりやすく,同時多発出火や揺れによる被害がもたらす建築物の火災安全性能低下が懸念される地震火災は,わが国の市街地が有する深刻な災害リスクと言えるでしょう.
本稿では,上記のように強風という自然条件と,木造密集市街地という地域特性の2つが本火災をここまで大きくさせた要因であると結論付けました.もちろん,私を含めた火災研究者は今後本火災についての調査を精力的に行い,顕在化した課題を詳らかにし,現地の復興はもとより,安全な都市・社会づくりに何とか貢献したいと考えています.その過程で,出火や消火・空き家・地形など,確たる根拠がないため本稿では言及しなかった新しい事実も明らかになるかもしれません.しかしながら,9年前に筆者が糸魚川市大規模火災の調査を経て「再発の可能性はある」と断定したように,地震時等も含めて考えると,まだまだわが国は大規模な市街地火災の発生リスクを潜在的に有しています.読者の皆さんには,このような都市に住み続けているという事実を忘れず,できる限りの火災対策を進めていただきたいと思っています.
改めまして,今回の火災被害にあわれた方々には,心よりお見舞いを申し上げます。
※本稿は速報性を優先して本火災を得られた情報の限りで考察したものであり,現時点での推測も含んだ文章です.したがって今後の調査結果次第で,記述が変わることもある点をご承知ください.
1) 総務省消防庁:大分県大分市において発生した火災による被害及び消防機関等の対応状況(第3報) ,2025.
2)国土地理院:地理院地図(電子国土WEB),2025.11.19確認.
東京大学先端科学技術研究センター・教授。1978年10月東京都文京区生まれ。東京大学大学院工学系研究科都市工学専攻・博士課程を2年次に中退、同・特任助教、名古屋大学減災連携研究センター・准教授、東京大学大学院工学系研究科・准教授を経て2021年8月より東京大学大学院工学系研究科・教授。博士(工学)、専門は都市防災、都市計画。平成28年度東京大学卓越研究員、2016-2020 JSTさきがけ研究員(兼任)。受賞に令和5年防災功労者・内閣総理大臣表彰,令和5年文部科学大臣表彰・科学技術賞,平成24年度文部科学大臣表彰・若手科学者賞、東京大学工学部Best Teaching Awardなど
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