
シンガポールの南洋理工大学(NTU)は1月17日、抗生物質耐性菌が関与する慢性創傷で一般的な細菌エンテロコッカス フェカーリス(E. faecalis)が皮膚の修復を妨げる仕組みと、その作用を抗酸化酵素で中和して治癒を回復させる可能性を示したと発表した。研究成果は学術誌Science Advancesに掲載された。
(右から)南洋理工大学(NTU)のギヨーム・ティボー(Guillaume Thibault)准教授、微生物バイオフィルムの画像を手にした研究員のアーロン・タン(Aaron Tan)博士、SCELSE客員教授であるジュネーブ大学のキンバリー・クライン(Kimberly Kline)教授
(出典:NTU)
慢性創傷は世界的な健康課題で、糖尿病性足潰瘍は年間推定1860万人が発症するとされ、糖尿病患者の最大3人に1人が生涯で足潰瘍のリスクを抱える。シンガポールでも糖尿病性足潰瘍、褥瘡、静脈性下肢潰瘍などが増え、年間1万6000件超が報告されているという。これらの傷は下肢切断の主な原因であり、治癒を妨げる持続的な感染症を伴うことが少なくない。
本研究は、NTU生物科学部のギヨーム・ティボー(Guillaume Thibault)准教授と、NTUの環境生命科学工学センター(SCELSE)客員教授で、スイスのジュネーブ大学のキンバリー・クライン(Kimberly Kline)教授が共同で主導した。研究チームは、E. faecalisが他の細菌とは異なり毒素ではなく、代謝産物である活性酸素種(ROS)を生み出して皮膚細胞の治癒過程を阻害する点に着目した。
筆頭著者のアーロン・タン(Aaron Tan)博士は、E. faecalisが細胞外電子伝達(EET)と呼ばれる代謝過程で過酸化水素を継続的に産生し、酸化ストレスによって皮膚細胞に損傷を与えることを示した。酸化ストレスは小胞体ストレス応答(UPR)を誘発し、細胞の移動が止まって傷の閉鎖が進まなくなる。EET経路を欠くE.faecalis株では過酸化水素が大幅に減り、創傷治癒の阻害が起きにくいことから、EETが中核であることを確認した。
さらに研究チームは、過酸化水素を分解する天然の抗酸化酵素カタラーゼで処理すると、細胞ストレスが軽減され、細胞の遊走と治癒能力が回復することを示した。同准教授は、抗生物質で殺菌するのではなく、有害産物を中和して治癒を取り戻す戦略が、耐性菌対策の別ルートになり得ると説明した。将来的には、カタラーゼなど抗酸化物質を含む創傷被覆材が治療選択肢となる可能性があるとしている。
サイエンスポータルアジアパシフィック編集部
発表論文: Tan et al. (2026) Enterococcus faecalis redox metabolism activates the unfolded protein response to impair wound healing
参考サイト(外部サイト):
● 南洋理工大学(NTU)
https://www.ntu.edu.sg/news/detail/new-way-to-disarm-antibiotic-resistant-bacteria-and-restore-healing-in-chronic-wounds
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