2026.03.18
厚生労働省は3月6日に人工多能性幹細胞(iPS細胞)を使った再生医療2製品の製造販売を条件・期限付きで承認した。重症心不全とパーキンソン病の患者をそれぞれ対象にした製品で、「日本発」のiPS細胞を使った治療製品の承認は世界で初めて。2製品は年内にも医療現場で適用される見通しだ。
iPS細胞は皮膚などの細胞に数種類の遺伝子を人工的に組み込み、体のさまざまな細胞や組織に変化する力を持たせた細胞。京都大学の山中伸弥教授らが2006年にマウスでこの細胞作製を報告してから約20年。世界に先駆けて再生医療が一般医療となるが、今回実用化の対象になった病気以外でも臨床試験(治験)が進んでいる。患者にとっては選択肢が増え、新薬登場への期待感も高まる。
厚労省は同省の専門部会が2月19日に条件と期限付きで承認を了承したことを受け、正式に2製品を承認した。承認されたのは、大阪大学発のベンチャー「クオリプス」(東京)が開発した「リハート」と、住友化学グループで研究開発型の医薬品企業「住友ファーマ」(大阪市)が開発した「アムシェプリ」。
リハートは、心臓に酸素や栄養を運ぶ冠動脈が狭窄・閉塞して心筋が虚血状態になって心機能が低下する「虚血性心筋症」による重症心不全が対象。他人のiPS細胞から作製した心筋細胞をシート状に培養し、これを心臓の表面に貼り付けて定着させ、新たな血管を形成させる仕組みだ。治験では8人に移植し、いずれも症状が軽減して心機能などの改善もみられたという。
アムシェプリは、脳内の神経伝達物質ドーパミンを出す神経細胞が減少して発症するパーキンソン病が対象。やはり他人のiPS細胞からドーパミンを出す神経の前段階の細胞に成長させて患者の脳部分に移植する。治験では7人に移植し、このうち効果を調べることができた6人はドーパミンが実際に出たことを確認したという。
2製品ともに治験の症例数が少ないことから、厚労省の専門部会と同省は「安全性が確認されて有効性が推定できれば、条件、期限付きで早期に承認する」との制度を適用して承認を判断した。条件は承認期限の7年間に実際の治療を通じて有効性を確認することで、確認されれば改めて条件のない承認を得ることができる。
2012年のノーベル生理学・医学賞受賞に輝いた山中氏の画期的な研究成果から再生医療製品が世界で初めて実用化されることになったが、これまでいくつかの課題を乗り越えた研究者、開発関係者らの並々ならぬ努力があった。
iPS細胞を利用した再生医療については当初から期待が膨らむ一方、安全性に対する懸念材料も指摘された。その代表例が同細胞由来の組織のがん化の可能性だ。組織を移植する際に未分化のiPS細胞が残っているとがん化の恐れがある。移植した細胞は患者は本人のものなので拒絶反応は起きにくいが、実際に拒絶反応を起こしていないかを慎重にチェックする必要もある。
がん化の懸念については厚労省の研究班が2016年にiPS細胞のゲノムを解析し、がん化と関連する可能性がある遺伝子変異があった場合は移植を避けるべきとの見解を出している。こうした懸念や課題に対して山中氏が所属する京都大学iPS細胞研究所(CiRA)をはじめ、国内の多くの大学、研究機関の研究者が課題と向き合いながら成果を挙げてきた。
2014年には理化学研究所などがiPS細胞からつくった目の網膜の細胞を患者に移植する世界初の手術に成功した。心臓病への応用は大阪大学や慶應大学が先駆けて研究を開始。16年には信州大学などの研究グループが心筋梗塞のサルに移植して心臓の機能を回復させることに成功したと発表している。
一方、16年には北海道大学と慶應大学の研究グループが、がんになりにくいハダカデバネズミを使ってiPS細胞のがん化を防ぐ遺伝子の働きを解明したと発表。17年には京都大学が、がん化リスクのある細胞を除去する手法を開発したと発表するなど、「安全な再生医療の実用化」に向けてさまざまな研究機関・大学の研究と連携も見られた。
多くの研究機関で再生医療の実用化研究が着実に進む中で、クオリプスが2025年4月に重症心不全を対象にしたリハートの、同8月には住友ファーマがパーキンソン病対象のアムシェプリの製造販売承認をそれぞれ厚労省に申請した。
先行した2種類の製品がいち早く申請し、今回承認にこぎつけた形だが、他の多くの病気に対する再生医療応用研究も着実に進んでいる。
厚労省などによると、再生医療製品としての承認を目指した治験や治験に向けた臨床研究が、理研などによる加齢黄斑変性のほか、1型糖尿病(京都大学)、再生不良性貧血(同)、外傷性脊髄損傷(慶應大学)、角膜上皮幹細胞欠損症(大阪大学など)などで進んでいる。
また、がん治療への応用も期待されている。千葉大学病院と理研は1月にiPS細胞からがんを攻撃する「ナチュラルキラーT(NKT)細胞」をつくり、頭頸部(けいぶ)がん患者に投与する治験で8人中2人の腫瘍が縮小する効果があったと発表した。このほか、卵巣がん(CiRAと国立がん研究センター東病院)など、いくつかのがん治療応用への挑戦が続いている。
上野賢一郎厚労相は6日の閣議後会見で今回の承認の意義について「日本のみならず世界中の患者の皆さまの救いになることを願っています」と期待を寄せた。ただ今回はあくまで条件・期限付き承認で、それぞれ決められた期限内に追加データを集めて有効性を最終的に証明して「本承認」を得る必要がある。
今後iPS細胞由来の医薬品が広い医療分野で活用されるためにも、先行2例の安全性と効果について丁寧な検証作業が欠かせない。現在CiRAの名誉所長を務める山中氏は、厚労省の専門部会が承認を了承した段階で次のようにコメントしている。
「マウスiPS細胞を発表してから20年という節目に、社会実装へ向けた大きな一歩を踏み出せたことを大変嬉しく思います。しかし、医療として確立するには、ここからさらに多くの症例で安全性と有効性を確かめるプロセスが不可欠です。浮足立つことなく、科学的な慎重さを持って、引き続き一歩ずつ着実に進んでいくことが重要だと考えています」
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