
本報告書は、日本を含む主要国における研究セキュリティの政策動向と、政府・資金配分機関・大学・研究機関の取組を整理し、研究の開放性と安全保障を両立させるために各国がどのような施策を進めているかを示すものである。国際共同研究やオープンな研究環境は科学の発展に不可欠である一方、近年の地政学的緊張や国際環境の変化により、研究成果の不正流用、技術流出、研究者への不当な干渉、サイバー攻撃など、新たなリスクが顕在化している。特に AI、量子、半導体、バイオといった新興技術は、基礎研究段階であっても国家安全保障上の重要性が高まり、大学の研究活動が国際的な安全保障環境の影響を直接受ける状況が生まれている。
こうした背景のもと、各国では従来の研究インテグリティに加え、研究セキュリティを確保する政策や大学・資金配分機関の取組が進展している。当初は米国を中心に、大学・研究機関や研究者と外国との関係性、資金源に起因する利益相反・責務相反の可視化する「研究インテグリティ」が重視されていたが、現在では、開示された情報を基にリスクを特定・評価し、適切に管理する一連のリスクマネジメントを行う「研究セキュリティ(Research Security)」が求められつつある。
リスク特定では、①研究者・研究機関と外国との関係性、②研究対象が機微技術に該当するか、の二点が重視される。リスク評価では、開示情報と公開情報を組み合わせたオープンソース・デュー・ディリジェンスが用いられ、リスク軽減策として、輸出管理、知財管理、サイバーセキュリティ、物理的アクセス制限など、既存制度の強化と新たな対策の組み合わせが進められている。これらを実効的に運用するためには、大学内の関連部門間の連携や情報共有体制の整備、研究コミュニティ全体でのセキュリティ文化の醸成が進められている。
本報告書では、米国、英国、カナダ、オーストラリア、ドイツ、フランス、オランダ、日本の8か国を対象に、政策の経緯、政府・資金配分機関・大学の取組、ステークホルダー間連携を整理し、共通点と相違点を比較した。各国の取組には、学問の自由、公平性、多様性、機関の自律性、オープン・サイエンス、透明性、誠実性といった科学研究の基本的価値観を前提としつつ、地政学的変化や新興技術の軍事転用への潜在的可能性への理解を深め、リスクに応じた軽減策を講じるという方向性に共通点が見られる。
一方で、保護の対象、対策の範囲、責任の所在には違いがある。米国では「国家安全保障大統領覚書第33号(NSPM-33)」を契機に、一定額以上の連邦研究費を受ける機関に研究セキュリティ確保が義務化され、利益相反・責務相反の開示、デュー・ディリジェンス、サイバー対策などが制度化された。英国は「信頼される研究(Trusted Research)」、オランダは「知識セキュリティ(Knowledge Security)」といった名称でガイドラインを整備し、大学の自主的取組を政府が支援するモデルを採用している。カナダ、オーストラリア、ドイツ、フランスでも、外国からの不当な影響への対応や機微技術の保護を中心に対策が進められている。
各国では研究セキュリティに関するガイドラインや方針が整備され、制度は運用段階へと移行しつつある。実際の運用は、大学の規模や研究内容、受け入れる研究費の性質によって異なり、今後は現場でのケースバイケースの判断が蓄積されていく段階にある。研究の開放性と安全保障の両立を図るためには、国際協調と国内体制の高度化を両輪として進めることが不可欠である。研究セキュリティが国際共同研究の前提として広がる中、各国の対応やグッドプラクティスを把握することは、大学・研究機関、資金配分機関、政府を含むすべてのステークホルダーにとって重要である。本報告書は、そのための基盤となる情報を提供するものである。
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