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東京科学大学(科学大)は10月31日、超低電圧でノイズ耐性を大幅に向上させた新型インバータを用い、大幅な電力削減を実現するSRAM用メモリセルを開発したと発表した。
8TUセルでメモリアレイを構成した8kB ULVR-SRAMマクロ(出所:科学大プレスリリースPDF)
同成果は、科学大大学院 工学院 電気電子系の伊藤克俊大学院生(研究当時)、科学大 総合研究院 未来産業技術研究所の塩津勇作研究員、同・菅原聡准教授の研究チームによるもの。詳細は、IEEEが刊行する回路とシステムを扱う学術誌「IEEE Open Journal of Circuits and Systems」に掲載された。
揮発性メモリであるSRAMは、システム内の部分的な電源遮断を行う「パワーゲーティング」(PG)による電力削減が困難だ。一方、CMOS動作電圧として超低電圧の0.2V程度でデータを保持する「超低電圧リテンション」(ULVR)を実現できれば、待機時電力を90%以上削減でき、SRAMでも実質的なPGを実現できる。これまで研究チームは、ULVRが可能なSRAM(ULVR-SRAM)の研究を進めてきたが、今回は、0.2Vの超低電圧で低リークを維持しつつ、さらなるノイズ耐性の向上を目指したという。
ULVR-SRAM記憶セルの実現には、低電圧でもヒステリシスを伴う角形の伝達特性を示すインバータが不可欠だ。従来型では不十分なことから、研究チームがこれまでに開発した新たな回路構成のシュミットトリガ(ST1)インバータを、さらなる低電圧でのULVR実現のために改良し、今回はヒステリシス幅を最大限まで広げる改良型のnST1インバータが開発された。
従来型(a)、ST1(b)、nST1(c)の各インバータの回路構成(出所:科学大プレスリリースPDF)
nST1インバータは、ST1の入力段pMOSを入力から切り離し、入力段インバータを擬似nMOS構成としたものに相当する。このpMOSは遮断またはそれに近い状態で用いるため、nST1はリーク電流またはそれに近い電流で駆動可能だ。実際、nST1の0.2Vでの伝達特性は、ヒステリシス幅をほぼ最大限に拡大できており、従来型、ST1と比べて非常に大きな幅であることが確認された。
0.2Vの動作電圧における6T、nST1、ST1、従来型の各インバータの電圧伝達特性(出所:科学大プレスリリースPDF)
次に、nST1インバータを用いて新型ULVR-SRAMセルが開発された。これは従来SRAMよりもトランジスタ数を削減でき、ST1セルが10トランジスタ構成(10TU)であるのに対し、nST1セルは8トランジスタ構成(8TU)で済む。今回の実験ではこの8TUセルに対し、「擬スタティックノイズマージン」(QSNM)と消費電力を設計指標として、セル構造の最適化が行われた。
8TUセル(a)と10TUセル(b)の回路構成(出所:科学大プレスリリースPDF)
最適化されたセルについて、トランジスタのランダムなローカルばらつきを考慮したモンテカルロシミュレーションによる不良率解析が行われた。動作電圧0.2V、動作温度25℃と85℃の条件、nST1構成8TUセル、ST1構成10TUセル、従来型6TセルのULVRモードにおけるQSNMの分散が比較された。その結果、8TUセルのQSNMの分布は他のセル構成よりも高電圧側に位置し、最も強いノイズ耐性が確認された。
8TU、10TU、6TセルのULVRモードにおけるQSNMの分散(a)と累積分布(CDF)(b)(出所:科学大プレスリリースPDF)
6σ不良率(100万個で3.4個の不良)のQSNM値が正なら、原理的にこの不良率を満たす判定される(通常はある程度の基準が設けられる)。動作電圧0.2V時の8TUと10TUの両セルは、25℃と85℃で6σ不良率を満たした。特に、8TUセルの6σ不良率におけるQSNMは、10TUセルの約2倍という極めて高い値となった。加えて8TUセルは、動作電圧0.16Vでも6σ不良率を満たすことに成功。一方、6TセルはULVRモードでは満たせなかった。
また、最適設計された8TUを用いて開発された8kBのマクロ(M[8TU])はどの動作モードでも待機時電力が低く、特に(ULVR,SD)モードでは大幅に削減が可能となる。これを比較用6TセルのマクロのM[6T]の(SB2,SB2)モードと比較すると、93%の削減だったとのこと。またM[8TU]はより低い電圧でのデータ保持が可能なため、0.16VのULVRモードでは待機時電力は、0.2VのULVR時から23%も削減できることもわかった。
(左)M[8TU]のレイアウト。(右)M[8TU]、M[10TU]、[6T]の待機時電力。(セルアレイ,周辺回路)=(SB1,SB1),(SB2,SB2),(SB2,SD),(ULVR,SD)の条件で解析された。SB1、SB2、ULVR、SDはそれぞれ、スタンバイ(クロック有)、スタンバイ(クロックゲーティング)、超低電圧リテンション、電源遮断の各モードを表す(出所:科学大プレスリリースPDF)
今回の技術は、待機時電力を不揮発性メモリ並みに削減できるため、IoTやモバイルエッジなどへの応用が期待される。研究チームはこれにより、微弱な環境発電や長期のバッテリー利用を前提とする、新たな応用分野へCMOSロジックシステムの利用を拡大できるとした。
また、SRAMのリーク電力の削減は、AIアクセラレータのエネルギー効率を左右する重要な要素だ。近年注目のPIM型アクセラレータでは、積和演算の並列化と共にエネルギー最小点(EMP)が減少し、それに伴ってエネルギー効率の最大値も増大する。このようなPIMでは、0.3V以下のEMPにも対応する必要があるが、今回のSRAMのULVRモードは、セルに工夫を施すことで、データ保持だけでなく、低電圧EMP下での動作も可能にする。そのため、今回の技術はPIM型AIアクセラレータの高性能化にも寄与できるとしている。
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