米国クリーンテック投資の新潮流(2)アクセラレーターに聞く | 地域・分析レポート – 海外ビジネス情報 – jetro.go.jp

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地域・分析レポート

2026年2月18日
前稿(1)でみたように、米国のクリーンテック投資では、政府・民間の双方において、実行可能な案件を選別する動きが進展している。とりわけ産業用脱炭素化分野(注1)では、発表された投資計画のうち、実際の投資に結びついた案件は1割にとどまる。背景には、エネルギー省などによる補助金・助成金の中止や撤回、凍結があり、多くのプロジェクトが着工に至らない状況が続いている。
対照的に、投資の現場では別の判断軸が動き始めている。クライメートテック専門のアクセラレーターであるサードデリバティブは、政府支援の後退を単なる逆風ではなく、選別のプロセスと捉える。補助金に依存しない事業モデルを構築し、民間金融機関が融資可能と判断できる「銀行融資適格性(bankability)(注2)」を確保することが、停滞を打破する鍵の1つになると指摘する。本稿では、サードデリバティブのロイ・トーバート・プログラム責任者へのインタビューを基に、マクロデータが示した「死の谷(Valley of Death)(注3)」を、投資の現場がいかにして乗り越えようとしているのかを、同社の投資判断の軸から整理する。
サードデリバティブは約5年前に設立されたクライメートテック専門のアクセラレーターだ。基本的な哲学は、「世界の気候目標を達成するには、複数の主要技術領域でイノベーションと進歩が不可欠である」という点にある。既に商業化段階にある技術を迅速に拡大することは重要だが、それだけでは不十分であり、開発途上の技術が成熟し、商業的に成立するためには、技術の成長を支えるエコシステムが必要だと考えている。
当社は、アーリーステージのスタートアップ、実証や戦略投資の機会を提供する企業パートナー、投資家という3者を結びつける役割を重視する。その目的は、スタートアップが持つ初号機(FOAK)(注4)段階の技術について、実際の需要を伴う事業モデルを構築することにある。あわせて、民間金融機関が融資可能と判断できる水準、すなわち銀行融資適格性を確保することを重視している。特にクライメートテック分野のハードテック(注5)やディープテック(注6)は、資本集約的で専門性が高く、追加的な支援が不可欠だ。
特定分野に限定しているわけではないが、当社では定期的に「排出が大きい一方で、投資が相対的に少ない分野」を分析している。セメント、鉄鋼、石油化学の3分野だけで、産業部門の排出量の約50%を占める。これらは送配電網(グリッド)や風力タービン、太陽光パネルの製造にも不可欠な基盤産業だ。このため、当社はこれらの分野のイノベーターを重点的に支援している。
同様に重要視しているのが「冷却(クーリング)」技術分野だ。データセンターに加え、家庭用エアコン、都市計画、簡易住宅向けのパッシブ冷却(注7)まで幅広く含まれる。気候問題への対応にとどまらず、人々の健康にも直結する領域だ。
電力分野が投資の中心であることは間違いない。水素や燃料電池など一部の分野で投資は減速しているが、注目すべきは「イノベーションの相互接続性」、すなわち発電・蓄電・電化(electrification)(注8)といった個別技術が相互に補完し合いながら進展している点だ。再生可能エネルギー由来の電力が安価になり、電気自動車(EV)や蓄電用バッテリーの低コスト化も進んだ結果、家庭や産業プロセスの電化が急速に進んでいる。データセンター需要も含め、産業・デジタル分野の最終エネルギー需要が電力網に集約されつつあり、その結果、発電とグリッドの両分野への投資が活発化している。
核融合(注9)、地熱エネルギー、天然水素(ホワイト水素)(注10)といった、安定供給が可能な次世代電源に注目している。いずれも再生可能エネルギーを補完し、将来的に電力システムのベースロードを担い得る技術だ。
核融合分野のスタートアップでは日本のヘリカル・フュージョン外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます (本社:東京都)や欧州のファイアフライ・フュージョン外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます (本社:スイス、フランス)を支援しており、いずれも中長期的な視点で有望な技術と位置付けている。商業化には時間を要するものの、成功すればエネルギー供給の構造を大きく変える潜在力をもつ。
地熱分野ではカナダのエイバー外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます やタイのジオアグニ外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます など、従来技術を拡張する企業に注目している。地熱は、地球内部の熱というほぼ無限の資源を活用できる点が強みだ。掘削に伴う微小地震などの課題はあるものの、適切な技術と管理によって対応可能と考えている。近年は、化学物質を用いない新技術も登場しており、環境面での優位性も高まっている。
さらに第3世代の地熱技術では、水平方向掘削などの技術進展により、必ずしも高温でない地域でも熱回収が可能となり、地熱発電の適用範囲は大きく拡大しつつある。
非常に注目しているのが、生体分子や細胞を分子レベルで精密に制御する「精密バイオロジー(Precision Biology)(注11)」と呼ばれる分野だ。微生物や細胞の代謝や反応経路を設計・制御することで、化学品や燃料、素材などを低エネルギーで生産・変換する。
この分野では、日本のスタートアップも存在感を示している。例えば、微生物の代謝制御による分子レベルの化学品生産を強みとするミーバイオ外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます (本社:神奈川県)や、微細藻類と合成生物学を活用して二酸化炭素を回収・資源化するプラットフォームを展開するアティエラ外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます (本社:沖縄県)は、その代表例だ。
従来の化石燃料利用は、不純物を含む原料を出発点に、高温・高圧に依存した、エネルギー集約型の物理化学的プロセスによって分子を分解・精製する手法が中心だった。これに対し、精密バイオロジーでは、生物学的な触媒や反応系を用いることで、より穏やかな条件下で目的の物質を得ることが可能になる。
その応用範囲は、化学品や燃料製造にとどまらず、農業分野での生産性向上や使用済みリチウムイオン電池の再資源化、さらには鉱業分野における金属回収などへと広がりつつある。生物学的手法は、低エネルギーかつ工程効率の高いアプローチとして、産業プロセスの転換を促す可能性を持つ。
加えて重要なのが「電化」の進展だ。化石燃料を用いてきた産業用設備や熱源を電力ベースに置き換えることで、排出削減と効率化を同時に実現できる。ヒートポンプの導入に加え、米コロラド州のアトモスゼロ外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます が開発する、電力のみで稼働する産業用ボイラーは、既存設備の代替を可能にする技術として注目している。
こうした技術に共通するのは「1つの投資で多くの便益を得る」という点だ。排出削減にとどまらず、原料の多様化や資源効率の向上、産業構造の柔軟化といった副次的効果をもたらす。
例えば鉄鋼分野では、低温水素を用いた製鉄技術を持つオーストリアのフェラム・テクノロジーズ外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます がその一例だ。低炭素での鉄鋼生産を可能にするだけでなく、これまで利用が難しかった低品位原料の活用を可能にし、原料制約そのものを緩和する。こうした産業の前提条件を変えるソリューションこそ、私たちが強い関心を寄せる対象だ。
水素や二酸化炭素除去(CDR)など、一部の分野では政策環境の変化が投資判断に影響を与えている。ただし、クライメートテックのスタートアップは、単一の政策や市場に依存せず、複数の用途や地域を視野に入れた事業展開を進めている。多くの企業は5〜10年という中長期の時間軸で技術の成立を見据えており、補助金を前提としない収益モデルの構築を重視している。政策支援の後退は短期的に逆風となるが、事業の自立性や市場適合性を高める契機にもなり得る。
ジェトロのような機関が、短期的な成果にとどまらず、長期的な視点で起業家を支援し、スタートアップを孤立させないエコシステムを構築している点は高く評価している。
また、日本企業は高い製造技術と品質管理、信頼性を強みとしており、量産設計、施工、運用といったフェーズでスタートアップと協力関係を築ける余地が大きい。とりわけFOAK段階では、こうした実装能力が事業リスクの低減につながり、投資判断を左右する重要な要素となる。現在支援している日本のスタートアップ10社(2025年11月7日付ビジネス短信参照)についても、こうした提携を通じ、中長期的な成長が期待できるとみている。
サードデリバティブの視点から浮かび上がるのは、「死の谷」を乗り越えるために、FOAK段階での事業リスクの低減を最重要課題とする姿勢だ。補助金に依存せず、技術、事業、運用の各側面に残る不確実性を段階的に引き下げ、民間金融機関が融資可能と判断できる水準まで事業の確度を高めることが、投資判断の中核に据えられている。
この文脈でサードデリバティブが注力するのは、実際の需要が比較的明確な冷却技術、次世代地熱を含む電力分野、そして鉄鋼やセメントなど産業素材分野における脱炭素技術だ。これらはいずれも、FOAK段階での実装可否が事業成否を大きく左右する領域であり、スタートアップ単独でのリスク吸収には限界がある。
日本企業にとって重要なのは、単なる資本提携にとどまらず、FOAKの実装パートナーとして関与することだ。トヨタ自動車による電動垂直離着陸機(eVTOL)スタートアップ、米ジョビー・アビエーション外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます との協業例が示すように、日本企業が有する量産設計、施工管理、長期運用といった強みは、FOAK段階に固有の事業リスクを低減し、「銀行融資適格性」へと転換する力を持つ(2024年10月3日付2025年7月18日付ビジネス短信参照)。こうした関与は、将来的な量産フェーズにおける標準化や、長期オフテイク確保(注12)につながる可能性も高い。
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