
大学が総力を挙げ、企業と連携して次世代エッジAI(人工知能)半導体の研究開発に挑む国家プロジェクトが動き出した。科学技術振興機構(JST)の事業として、東京大学や東京科学大学、東北大学などが代表を務める8件の研究課題に34の研究機関、約500人の研究者が参画。AI回路と3次元(3D)集積、次世代トランジスタの三つのテーマを軸に、省電力と高性能を兼ねる革新的な半導体を開発する。2030年代に求められる設計や製造、材料などの新技術を産業界へ橋渡しすることを目指す。(藤木信穂)
26年度に本格稼働した「次世代エッジAI半導体研究開発」は、経済産業省と文部科学省、JSTが三位一体で行う初の事業だ。大学を中心にオールジャパンの研究機関が結集してエッジAI半導体を開発し、社会実装につなげる。橋本和仁JST理事長は「研究開発時点から産業界が加わり、成果を受け渡すことで日本の産業競争力を強化する」とその狙いを説明する。
半導体はAIが市場を作り出す「第3期」成長期を迎えた。第1期は家電向け、パソコンやスマートフォン向けの半導体需要の増加が第2期に当たる。これに続く第3期は「物理空間と仮想空間が融合したAI向け半導体が需要を創出し、30年には現在比2倍の1兆1000億ドルの市場が現れる」と同事業プログラムディレクター(PD)の黒田忠広熊本県立大学理事長兼東大特別教授はみる。
同時に、データ処理量の急増に伴ってデータセンターの増設が進み、電力需要が拡大して需給が逼迫(ひっぱく)するなど、AIが“エネルギー危機”を招く現状にある。クラウド側の消費電力の増大が課題となり、エッジ側で高度な処理が行える高性能なAI半導体が求められているのだ。
一つ目のテーマ「高効率自動設計による次世代AI回路・システム」では、利用シーンを想定した多様なAIチップを開発する。東大の川原圭博教授らはティアフォー(東京都品川区)などと、思考、反射、末梢(まっしょう)の3層構造を持つ生物に学んだフィジカルAIチップを設計する。さらに半導体を自在に形にできる「半導体設計の民主化」も進める。
名古屋大学の石原亨教授らのチームはNTTなどと、設計力を高めるため、独自にカスタマイズできるローカルLLM(大規模言語モデル)を使った設計基盤を構築。設計期間を半減し、光電融合AI回路などの開発を効率化する。
また、岡田健一東京科学大教授らがアナログデジタル混載型のエッジAI向けシステムオンチップ(SoC)設計技術、小菅敦丈東大准教授らがAI回路設計の自動化技術、泰地真弘人理化学研究所プログラムディレクターらが科学研究を加速するための半導体をそれぞれ開発する。
「3D集積技術」では、東北大学の田中徹教授らが、異なる材料や機能のチップを積む3Dヘテロ集積に向けた基盤技術の開発を推進。北海道大学や熊本大学、企業7社とともに、量産性やコスト競争力などの観点も踏まえて実用化を急ぐ。
一方、横浜国立大学の井上史大准教授らは、環境に配慮した製造と熱分散・評価技術を開発し、廃棄物を抑えられる資源効率の高いサーキュラーエコノミー(循環経済)型の3D集積プロセスを確立する。レゾナックなど関係機関と連携してオープンイノベーション拠点を整え、人材育成も相互に進める。
「次世代トランジスタ技術」では、慶応義塾大学の多田宗弘教授らが、ゲートオールアラウンド(GAA)構造のトランジスタや新材料を使った低抵抗の配線を研究。京都大学や九州大学、物質・材料研究機構、産業技術総合研究所などと、既存のシリコン半導体と銅配線の限界を超える「超省エネルギーチップ」を開発する。
東京科学大は半導体分野の内外の研究者や人材育成の枠組み、設備を統合する「次世代半導体エコシステム共創センター」を設立し、プロジェクトを支援する。将来は半導体の国際的な中核拠点として機能させる考えだ。東北大も半導体先端パッケージングの研究拠点の発足を目指すなど、大学全体で後押しする例もある。
黒田PDは「世界最高水準の半導体の国際学会で日本の発表件数をV字回復させる」と意気込む。AIの活用が爆発的に進む中、需要が激増するエッジAI半導体を日本がいかに設計し、開発するか。同事業は各チームの成果を還元し、半導体を起点に産業構造の抜本的な変革を促すことを掲げている。
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