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後編では、加藤さん自身の子ども時代の困りごとや、起業のきっかけ、そして現在目指している社会について詳しく伺いました。
「給食が食べられない」「音がつらくて教室にいられない」といった感覚過敏による困りごとを抱えながらも、12歳で起業し、現在は感覚過敏の研究を総合的に取り組む「感覚過敏研究所」を立ち上げた20歳の加藤路瑛さん。現在は、感覚過敏についての啓発活動や、感覚過敏の人向けの商品開発、カームダウンスペースの普及など、幅広い活動を行っています。 ――子どもの頃、どんな場面で困りごとを感じていましたか? 加藤さん:いちばん困っていたのは、やはり食事ですね。とくに小学校の給食はかなりつらかったです。もともと幼少期から、味覚過敏による偏食で食べられるものが少ない状態でしたが、小学校1年生の最初の給食で気持ち悪くなってしまい、それ以降、給食の時間が苦痛でした。昼休みになっても食べきれず、先生に「給食室に戻していいよ」と言われるまで、ずっと我慢していたこともあります。 当時は「一口は食べなさい」というルールがあったのですが、その“一口”すらどうしても食べられませんでした。学校自体は楽しかったのですが、給食が理由で「学校に行きたくない」と感じることもありました。 ――周囲から理解されにくいと感じることもありましたか? 加藤さん:はい。同級生から「なんで食べないの?」「好き嫌いしちゃダメだよ」と言われることもありました。でも、自分でも「なぜ食べられないのか」が分かっていませんでした。ただ、“嫌だ”という感覚だけがあって、それをどう説明したらいいのか分からなかったのです。だから、「理解されなかった」というより、「うまく伝えられなかった」という感覚のほうが強かったですね。
――ご自身が「感覚過敏」だと分かったのはいつ頃だったのでしょうか? 加藤さん:中学1年生のときです。給食がどうしても嫌で、中学受験をして給食のない学校に進学したのですが、今度は“音”の問題が出てきました。 その学校は校庭がなく、みんなが屋内で過ごす環境でした。休み時間や授業中の音がすごくつらくて、体調を崩して保健室に行くことが増えました。そのとき、保健室の先生に「音で体調が悪くなる」と話したところ、「聴覚の感覚過敏なんじゃないか」と言われ、初めて“感覚過敏”という言葉を知りました。 ――当時は、ご自身でも「みんなと違う」とは思っていなかったのでしょうか? 加藤さん:感覚って、生まれたときからずっと当たり前にあるものなので、「みんなも同じように感じている」と思い込んでいました。例えば、服のタグが痛いことや、レストランのにおいがつらいことも、「みんな我慢しているもの」と思っていたのです。だから、「自分だけ特別つらい」という認識を持ちにくかったですね。
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