平野レミさんに聞く① 大好きな人の「おいしい」が聞きたくて|ビジネスコラム – ntt-f.co.jp



2026年07月15日
料理番組をはじめ、テレビや雑誌で見せる姿はいつも明るくパワフル。料理愛好家の平野レミ氏は、何事も「楽しくて仕方がない」という持ち前のエネルギーで、多くの人を元気にし続けています。その自由な発想から生まれる料理の原点には、最愛の夫・和田誠さんの存在がありました。前編では、料理に夢中になるきっかけとなった夫婦のエピソードをはじめ、「手早く、安く、美味しい」を信条とする独自のシュフ(主婦)哲学、そして家族をつなぐ家庭料理への思いについて伺いました。
【プロフィール】
平野 レミ(ひらの れみ)
東京都出身。シャンソン歌手として芸能活動をスタート。イラストレーターの和田誠氏との結婚後、家庭での料理づくりを通じて才能を発揮。「料理愛好家」として数多くの著書を出版し、テレビや雑誌等を通じて家庭料理の楽しさを発信し続ける。常識にとらわれない斬新なアイデアと独自の「手早く、安く、美味しい」レシピ、そして飾らないエネルギッシュな人柄で、世代を超えて絶大な支持を集めている。
―イラストレーターの和田誠さんとの結婚が、料理愛好家としての原点だったそうですね
 結婚して間もない頃の私は、とにかく夫と一緒にいたかったんです。でも和田さんは「じゃあ仕事だから」と、さっと仕事場へ向かってしまう。家で見せる優しい表情とは打って変わって、仕事モードになると完全にプロの顔でした。そんな後ろ姿を見送るたびに、私は部屋に一人取り残されたような寂しさを感じていました。「私も何か、自分が夢中になれるものを見つけなくちゃ」。そう思ったことが、大好きだったシャンソンや料理に本格的に打ち込む最初のきっかけになったんです。
 今振り返ると、私がここまで料理を好きになったのは、全部和田さんの「せい」なんですよ。和田さんは、私が作った料理をどんな時でも褒めてくれました。「こんなもの食べられない」なんて、一度も言ったことがありません。いつも「レミの料理は美味しいね」と、うれしそうに食べてくれたんです。その頃は、私自身もテレビや雑誌の仕事が忙しくなり、自宅にはクリエイターや編集者の方がひっきりなしに訪れていました。それでも夜、和田さんが帰ってくる時間になると、「大好きな人に喜んでもらいたい」という気持ちが自然と湧いてきて、疲れなんて吹き飛んでしまう。気づけばキッチンに立っていました。
―疲れている時でも、和田さんの笑顔が見たい一心だったのですね
 本当にそうでした。でも、私が無理をして元気に振る舞っていても、和田さんにはすぐにわかってしまうんです。玄関で「お帰りなさい!」と言う、その声のトーンだけで察するんですね。少しでも元気がないと感じると、靴も脱がないまま「今日は片付けもしなくていいから、どこかに食べに行こうか」と声をかけてくれました。たまに外食をして、私が「このお店、すごく美味しいね」と言うと、和田さんは決まって「いや、レミのごはんの方がずっと美味しいよ」と言うんです。
 そんな風に言われたら、もっと美味しいものを作りたくなるじゃない。大好きな人に喜んでもらいたい。その気持ちこそが、毎日料理を続ける大きな張り合いになっていました。さらに和田さんは、「僕の一生で、あと何回レミの料理が食べられるかな」なんて、しみじみ言うこともありました。そんな言葉を聞くたびに胸が熱くなって、「もっと美味しいものを作ろう」「もっと喜んでもらおう」と思う。そうして少しずつ料理のレパートリーも増えていったんです。和田さんの「美味しい」の一言と喜ぶ笑顔。その幸せな積み重ねが、料理愛好家・平野レミを育ててくれたんだと思います。

―レミさんの料理は、調理法がユニークなだけでなく、名前もとても印象的ですね
 我が家には祖父の代から受け継がれている「牛トマ」という料理があります。牛肉とトマトをサッと炒めるシンプルな一品なんですが、昔、NHKの「きょうの料理」で紹介した時に、私が湯むきしたトマトを豪快に手で握りつぶしたんです。すると当時の視聴者の方がものすごく驚いて、番組にクレームの電話が入ったそうです。でも後になって、私のルーツをたどる番組で海外取材をしてもらったところ、アメリカの遠い親戚もやはり私と同じように手で握りつぶしていたのです。「ほら見なさい!」と思いましたね。私のやり方は決して奇抜なだけではなく、これが合理的な調理法だったとわかってもらえました。
 テレビで話題になった「まるごとブロッコリーのたらこソース」も同じ。番組スタッフから「房を細かく分けずに調理する方法はありませんか」と相談されて、だったら丸ごと茹でればいいじゃない、と一本そのまま茹でてソースをかけました。ところが生放送中、そのブロッコリーがバタリと倒れてしまたんです。世間では「放送事故だ!」なんて大騒ぎになりましたけど、倒れたからといって味は変わらない。私は最初からウケを狙っているわけではないんです。いつも「もっとラクに、もっと美味しく、もっと楽しくできないかな」と考えた結果、ああいう料理になるだけなんですよ。
―ユニークな料理名や、「手抜き」を公表するレシピにもレミさんらしさが表れています
 実は、料理の名前の多くは和田さんが付けてくれたんです。例えば、茹でたキャベツの上に豚肉をのせて特製タレをかけた料理には、「豚眠菜園(とんみんさいえん)」という素敵な名前を考えてくれました。料理の美味しさだけでなく、名前まで楽しくしてくれる人でしたね。忘れられないのが「台満(たいまん)餃子」です。昔、我が家で餃子パーティーを開いた時のこと。みんな食べたり遊んだりして、誰も餃子を包むのを手伝ってくれないんです。大量の餃子を一人で包むのは本当に大変ですから、餃子の皮をハサミで短冊状に切って茹で、具の上にのせてしまったんです。口に入ればちゃんと餃子なんだから、チョッと怠慢だけどそれで十分じゃないかと。それを見た和田さんが、「皮で包むのを面倒くさがった手抜き餃子だから」と、「台満餃子」と名付けてくれました。
 他にも、かつおの刺身をわざわざ豚肉で巻いて油に放り込む、火通りの早い「とんかつお」や、イタリアンのゼッポリーネを簡単にした「セッカチーネ」など、我が家の料理には面白い名前がたくさんあります。日常のちょっとした出来事や私のせっかちな性格、思いつきのアイデアを、和田さんがいつも面白がって言葉にしてくれる。その名前のおかげで料理がさらに生き生きとして、多くの方に覚えていただけたんだと思います。料理は美味しさだけじゃなく、作る人も食べる人も楽しくなることが大切。その楽しさを、和田さんはいつもたのしいレシピ名で添えてくれていたんです。

―美味しく食べることは、健康を支えるうえでも大切なことですね
 私は料理学校に通ったことがありません。だから自分のことをプロのシェフではなく「シュフ(主婦)」、料理研究家ではなく「料理愛好家」と呼んでいるんです。もちろん、手間をかけるべき料理にはしっかり時間をかけます。でも同じくらい大切にしているのが、「いかに手早く、美味しく食べられるか」という工夫です。
 その根底にあるのは、家族の健康を守りたいという思いです。毎日の献立では、5大栄養素をなるべくバランスよく摂ることを意識しています。難しいことじゃなくて、「今日は野菜が足りないな」とか、「ミネラルが不足してるかな」とか、その程度なんです。健康といえば、ありがたいことに私はとても丈夫なんです。これまで一度も虫歯になったことがありませんし、先日足を捻挫してレントゲンを撮った時には、お医者さんから「見本にしたいくらい立派な骨ですね」と言われました。顔の造作じゃなく骨を褒められてもね(笑)。丈夫な体に産んでくれた父と母には感謝しかありませんね。
―シュフの料理に必要なことは何でしょうか
 まずは食材や調味料をきちんと選ぶこと。そして何より「手早く作ること」です。私は昔から、カタカナがずらっと並んでいるような添加物の多い食品は、なるべく避けてきました。息子たちが学校から帰ってきて「腹減った〜!」と叫ぶ時も、できるだけ手作りのものを食べさせていました。ところがある日、息子が「お母さんのカレー、給食のカレーと違って物足りない」って言うんです。それで試しに市販のうま味調味料を少しだけ入れてみたら、「これこれ!この味!」ですって。少し複雑な気持ちでしたけれど、子どもの舌は正直だなと思いました。
 私はよく「手抜き料理」なんて言いますけど、いい加減に作るという意味ではないんです。料理って毎日のことだから、手早く簡単に作れることはとても大切なことです。もともと私はせっかちな性格ですから、冷蔵庫の残り物を見て「さて、今日は何が作れるかしら」と知恵を絞る時間が最高に楽しいのです。プロが作る特別な料理ももちろん素晴らしいけれど、家庭のシュフにとっては「手早く、安く、美味しく」が何より大事。そのくらいの気持ちでちょうどいいんです。
 家庭料理には、もう一つ大切な役割があります。それは、その家族の絆を深める特別なものだということ。私はそれを、ベロ(舌)でつながるコミュニケーションという意味を込めて「ベロシップ」と呼んでいます。我が家の「牛トマ」の味が、祖父から両親へ、そして私と和田さんへ。今では息子夫婦や孫たちへと受け継がれています。家庭の味は、単なるレシピではありません。家族の思い出や愛情まで一緒に受け継いでいくものです。だから私はこれからも、美味しくて、楽しくて、健康になれる料理を作り続けたいと思っています。家庭の味はベロでしっかりとつながっていくものなのです。
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