コラム・寄稿「ハイテク時代の経済安全保障―官民連携によるインテリジェンス機能の構築」 – 独立行政法人経済産業研究所 RIETI

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Special Report

元橋 一之
ファカルティフェロー
米中対立の中心が、貿易から先端技術へと移っている。半導体、人工知能(AI)、量子技術、バイオテクノロジーなど、技術の優劣が国家の競争力だけでなく、安全保障にも直結する時代になった。日本でも重要技術の流出防止やサプライチェーンの強化が進められている。しかし、技術を守るために国際交流を制限すれば、かえって日本の研究開発力を弱める可能性がある。科学技術は世界中の研究者や企業の知識を組み合わせることで発展してきたからだ。
問題は「オープンか、クローズか」という二者択一ではない。何を自由に交流させ、どの段階から保護を強めるべきか。 その判断には、イノベーションが生まれるプロセスを理解し、米国と中国に二極化する世界における日本の立ち位置を理解する必要がある。
近年、科学研究とイノベーションの近接化が進む中、イノベーションの起点としての科学研究の重要性が高まっている。これまでこの科学研究をリードしていたのは米国だった。しかし、中国の科学論文数は急増し、AIを含む多くの分野で米国を上回る存在となっている。一方、日本の相対的な存在感は低下している。ただし、科学研究の強さがそのまま国家的なイノベーション力につながるわけではない。科学的知見をベースに、それを実用的な技術に転換する活動(サイエンスイノベーション)、さらに製品やサービスとして事業化する活動(ビジネスイノベーション)が必要である。
米国の強みは、シリコンバレーにみるように大学等の先端研究をベンチャー企業が事業化し、大企業や投資家がその成長を支える仕組みにある。中国は科学研究の急成長に加え、AIなど一部の分野では巨大な国内市場を活用した事業化に強みを持つ。しかし、公的資金が大量に投入されている資本市場のひずみや政策的な不透明性から、科学的発見を革新的な技術として育てる仕組み(サイエンスイノベーション)には、なお改善の余地がある(元橋、2025)。
日本はイノベーションの起点(科学研究力)と終点(マーケット)の両面において、米中に大きく後れをとっており、機械、自動車、素材など、長年の技術蓄積と製造現場の改善でなんとか国際競争をしのいでいる状況である。両者をつなぐサイエンスイノベーションにおいては、ハイテクベンチャーをめぐる環境は大きく改善しつつあるものの、技術シーズ、資金の両面において米中に大きな後れをとっている。つまり、日本が科学技術イノベーションを国内だけで完結させようとしても、世界の研究開発競争で優位に立つことは難しい状況にある。
もう一つ重要なのは、科学的発見から製品化に至る道筋が、技術分野によって大きく異なることである。筆者らが約170万件の科学論文と約1,230万件の特許を分析した研究では、医薬品やバイオテクノロジーは科学研究の進歩が新技術につながりやすい一方、デジタル通信などでは市場のニーズや企業の技術開発が大きな役割を果たしていることが確認された(Motohashi, Koshiba and Ikeuchi, 2024)。つまり、サイエンスとイノベーションの近接化は技術分野によって大きく異なるということである。
2026年3月に閣議決定された「第7期科学技術・イノベーション基本計画」では、AI、半導体、バイオなど6分野が「国家戦略技術領域」として指定された。これらの分野を見ても、イノベーションのプロセスが分野によって大きく異なることが分かる。
例えば、量子技術やバイオ分野では、基礎研究の成果がどのような用途に結びつくか、当初は分からないことが多い。世界中の研究者による交流を制限すれば、将来の革新的な発見の機会を失いかねない。
一方で、半導体では事情が異なる。競争力の源泉は科学的知識だけでなく、製造装置、先端材料、設計技術、量産工程のノウハウなどにもある。大学と企業の共同研究であっても、特定の製造技術に直結する場合には、早い段階から保護を検討する必要がある。
AIも一様ではない。基礎的なアルゴリズムの研究と、重要インフラや軍事システムに組み込まれるAIでは、求められる管理が異なる。学術的な知識の共有は原則として維持しつつ、機微なデータや実装技術には相応の保護が必要だ。
つまり、オープンとクローズの境界は、技術領域の違いによって決まるものでもないし、大学か企業かで決まるものではない。サイエンスイノベーションの段階で、そのような用途に広がりうるのか、その流出によってどのようなリスクが生じるかで判断すべきである。
経済安全保障には二つの側面がある。日本の重要技術の海外流出を防ぐことと、海外への依存によって必要な技術や製品を入手できなくなる事態を防ぐことである。
この両面に対応するには、個々の技術がどこで生まれ、どのように実用化されるか、また日本が国際的にどのような強みと弱みを持つかを把握する「技術インテリジェンス」の強化が欠かせない。
その出発点は、論文や特許などの公開情報を活用した技術動向の分析である。科学技術・学術政策研究所(NISTEP)などの公的研究機関には、科学技術動向分析や将来予測に関する長年の蓄積がある。これらに企業の研究開発活動や国際的なサプライチェーンの情報を組み合わせることで、技術の進歩と各国の競争力を継続的に把握することができる。
しかし、情報を集めるだけでは経済安全保障上の判断はできない。例えば、現在は民生用に使われている技術が将来軍事用途に転用される可能性や、国際情勢の変化によって重要な部品の供給が途絶える可能性も考慮する必要がある。そのためには、技術の発展と国際情勢について複数の将来像を描く「シナリオ分析」が重要となる。
また、論文や特許に表れない製造ノウハウや、特定技術の軍事転用の可能性については、民間企業の技術アナリスト、防衛技術の専門家、サプライチェーンの実務家などの知識が不可欠である。公的機関による定量分析と、現場を知る専門家の判断を結びつける仕組みが求められる。
政府もこうした方向に動き始めている。内閣府は2025年12月に「重要技術戦略研究所(仮称)」の設立・運営を担う機関を選定し、2026年度中の設立に向けた準備を進めている。さらに2026年6月に改正された経済安全保障推進法に基づき、経済産業研究所(RIETI)に、外交、防衛、経済、技術などの知識を結集する総合的な経済安全保障シンクタンク機能を設けるための制度整備が進められている。官民協議会との連携を通じて、企業の現場にある知識を政策立案に生かす仕組みも構想されている。
こうした動きは、経済安全保障政策を個別の技術規制から、科学技術と産業活動を横断する総合的な政策へと発展させる契機となりうる。ただし、組織を設立するだけでは十分ではない。重要なのは、情報収集と分析の成果を、具体的な政策アクションにつなげる仕組みを構築することである。
例えば、ある先端技術について日本が国際競争力を持つ一方、軍事転用の可能性も高いと判断された場合には、技術の成熟度や用途に応じて、海外投資の審査、輸出管理、研究成果の管理などの措置を検討する。一方、日本が特定国の技術や製品に大きく依存している場合には、国内研究開発への支援、調達先の多様化、同志国との共同開発といった対応が必要になる。
逆に、基礎研究段階で用途が定まらず、国際的な知識交流から得られる利益が大きい分野では、研究活動の開放性を維持することが合理的であろう。
つまり、インテリジェンスの役割は単に危険な技術を特定することではない。技術を守るための規制と、技術を育てるための支援を一体として考え、両者の適切な組み合わせを提案することにある。
その際、政策によって得られる安全保障上の利益だけでなく、失われるものにも目を向ける必要がある。例えば、研究交流の制限によって海外の先端知識へのアクセスが失われれば、長期的には日本の技術力そのものが低下しかねない。政府にとって管理しやすい大学研究を一律に規制することが、必ずしも合理的な対応とは限らない。
また、分析と政策の関係は一方向ではない。規制や研究開発支援を実施した後、その効果を検証し、技術や国際情勢の変化に応じて政策を見直す必要がある。情報収集、リスク評価、政策実施、効果検証を繰り返すことによって、経済安全保障政策の精度を高めることができる。
官民でのインテリジェンス機能の強化には、こうした一連のプロセスを担う専門人材と組織間の連携が必要である。政府の各省庁、NISTEP、RIETIなどの公的研究機関、大学、企業がそれぞれ持つ知識を結集し、具体的な政策判断に反映させる仕組みを構築すべきである。
経済安全保障の目的は、海外との交流を減らすことではない。世界の知識を活用して日本の技術力を高めながら、本当に守るべき能力を守ることである。「何を守るか」だけでなく、「何を開き、何を育てるか」まで見極め、それを具体的な政策アクションにつなげていくこと。 それこそが、ハイテク時代の経済安全保障に求められるインテリジェンスの役割である。
2026年10月26日掲載
2026年10月26日[Special Report]
2025年2月 7日[Special Report]
2020年9月10日[新聞・雑誌等への寄稿]
2020年4月24日[特別コラム:新型コロナウイルス-課題と分析]
2018年6月20日[新聞・雑誌等への寄稿]
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